インドにて~聖地との出会いVol.1

スピリチャルな魂の成長のためには
「自己の魂の成長だけ」に集中せねばならない。
「世界のため、人のために生きねば」…と願うと
「自分だけ」が魂を成長させてよいのか?
エゴなんじゃないか?と思うことが多々あった。

でもインドの聖者は人との接触をさけ、
(文字通り、体にも触れさせない!
 食事も共にしない!)
神さまとの対話だけに時間を注ぐ。
世界で起きているニュースも知らず、
社会的な情勢にも耳を傾けない。
一見、自分の魂の悟り、完成だけに
時間を費やしているようにみえるが、
それは三次元的な幼い見方だと言われる。

彼らはマントラを繰り返し唱えることで
宇宙の源、つまり光とつながることに集中している。
その光とつながることで、
人間が創る闇と光を調和させているのだ。
それが五次元的な、スピリチャルな見方だよ…と教わった。
インドがあれほどのカオスな国であっても、
神聖なエネルギーが漂っているのは、
彼らの放つエネルギーや光の波動の恩恵に感じる。
本当に純粋で清らかなエネルギー。

しかし、そこに人間の制度が作ったお金が支払われることはない。
彼らはお金のために、聖者になっているのではない。
全ての欲望を手放した人生こそが、
世界への奉仕だとわかっているのだ。
それが聖者だった。

実際そのように生きている聖者に出会えて、
その聖者の光の慈悲をうけて
「魂も体も溶ける」ような至福の感覚を味わい
「あーこれが宇宙の源の光だなぁ」と思い出した。
私にとっては一生に一度の大切な瞬間。
細胞レベルの至福な感覚を思い出す人生と、
忘れたままの人生では
起きることが変わってくるように思う。

この「宇宙の源の光のとろける感覚」は
自然界にもない感覚だった。
もしかして人間だけが、
この地上で宇宙の源の光をまとえるのではないだろうか?
自然界の神秘も果たせない役割が
人間にはあるんじゃないか?…とふと思った。
宇宙の源とつながっているのは、人間なのだ。
それを思い出すこと、その体験が本当に大切だと感じる。

そのつながりを取り戻すことを「ヨガ」という。
ヨガは運動のヨガだけじゃない。
マントラを唱えたり、愛の奉仕活動をするヨガもある。
もともとは「むすぶ」という意味。

この「ヨガー結合」は、神さまとのつながりをいう。
このつながりを取り戻すためには
まずは神さまに祈り、
自分自身のカルマの浄化に集中すること…と言われた。
自分だけに集中することが、世界のためになる。
・・・そうなんだね。
世界に奉仕するための自己集中は、決してエゴではない。
その確信を得られたことが、今回の旅の大きな収穫だった。

 

 

 

 

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