神さまを信じる

「神様を信じる」
私は宗教者ではないが、神さまを信じている。
そこには理屈は全くなくて、
どうしたら信じられるのか?というと、
始まりは「いるって信じよう!」しかない。
いると信じて生きると、
次第に「あれ?これって?」という実感や
不思議な経験が積みあがっていく。
だから私に言えるのは、
神さまや神秘の世界は
理屈で理解してから「信じる」ものではない。
本を何千冊読むよりも、感覚で知るしかない。
理屈で理解しようとするなら、
あと何百回と生まれ変わって「考えても」
神さまは信じられないだろう。
神さまは「感じる」ものだ。
人生の体験のなかに、人との縁の不思議に。
いろんな奇跡的な積み重ねのなかに、
自分の優しさや努力のなかに
心を開いて感謝していれば、
その存在を感じるのだ。

そして次第に「考えて行動する」のではなく
神さまや宇宙の采配を感じ取って動いていく。
そこで大切なのは再び理屈で考えないこと。
「なぜ?なんのために?」は
まったく役に立たない議論になる。
だって宇宙の采配なのだ。
それは大きな計画。大きな仕組みのなかで
自分が動かされるのだから、
それは「自分事」ではもはやない。
人間個人の顕在意識では理解できないこと。
もしかしたら、今の自分、
今世のためではないかもしれない。
もっと言えば、今の社会のためでもなく
何百年後のためかもしれない。

だから、今夜なぜ自分が北海道にいるのか?
それを理屈で考えても意味がない。
きっと「何か」のためにいるのだろう。
私の肉体も心もわからなくても、
私の魂は知っているのだろう。
それでいいや。
「何かのために」と考えた瞬間、
小さな顕在意識に心が向いて、神さまは遠ざかる。
すべては「神様の仕事として承う」

…とはいえ、明日の宿が決まっていないのは焦る。
考えるエネルギーはここに使おう!

 

 

 

 

 

 

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