熊野、縄文の祈り

熊野、縄文の祈り~

熊野への旅は、縄文の魂に還る時間。
それが楽しいとは限らない。
縄文の記憶のなかには愛と調和もあるが、
弥生人たちへの怒りも潜んでいる。
しかも、とても深くて悲しい怒りだ。
新しく渡来してきた人々を
愛と尊敬をもって受け入れたのに
死をもって裏切られてしまった怒り、戸惑い。
熊野のある場所で
私はこの痛みを一身に受け取ってしまい、
苦しい思いが続けている。 

その痛みを癒すためには
この熊野に来て、自分を癒すしかない。
自分が癒えれば、大地も癒える。
日本の原点である熊野の自然に癒され、癒したい。

人々の怨念や痛みは、
地の草木、または石や岩に宿るという。
それは沖縄のユタに聞いた。
「哀しいことがあったら、
 
その場所にある石を拝みなさい」
想念が波動だからだろう。
とくに水をたっぷりと含んだ
岩や木には宿りやすい。
熊野は雨量の多い場所だ。

だから私は熊野の自然に祈る。
調和を大切にして生きていた
縄文人の魂が宿る自然に祈る。

熊野三社巡りの観光で終わるのか?
縄文の魂が宿る自然のなかで
魂の記憶が呼び覚まされるのか?
ゆるしの祈りなのか?贖罪の祈りなのか?

今度はどんな人と共に祈るのだろう?
どうやって、この縄文の痛みを癒すのだろう?
どこで、縄文の愛の喜びを受け取るのだろう? 

今年最後の聖地リトリートin熊野は
11月26日から三泊四日です。

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