喪失のプロセスを生きる

かずにはいられない時があるとしたら
それは今かもしれない。

ずっと溜めていた現実への違和感の正体がわかったいま。
それを引き出してくれる体験をしたいま。
最愛の人をうしなったいま。
そして、自分の可能性を殺してしまいそうないま。

 私は書かずにいられない。

 父の最期の日々に寄り添うより、自分の渡米を優先した我儘な娘
…という罪悪感と後悔で
私は自分で自分を押しつぶしてしまいそうだ。
残された母も兄も、私を責めはしないのに。
すべての人が私に優しいのに。
私は自分自身に厳しい。

なぜそんな心境になっているのか。冷静に内省すれば、
父を喪った悲しみが、父への思慕が
何よりも大きな感情として
自分の前に立ちふさがっているからだとわかる。
父との未来は現世で存在しない現実のなかで
今まで信じてきた占星術の智慧も役には立たない。

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 いまの私に出来ることは、感情を味わい尽くす一方で、
この流れで起きた個人的な体験を客観的に振り返り、
この人生に大きく打たれた句読点を、
来にどうつなげていくのか?を
主観的に内省することだろう。 

そして、そこから希望は生まれてくる。
悲しみを味わう体験は、その源に深い愛を感じることであり
自分が何者として生きていくのか?を
明らかにする感情でもある。

 今までも離婚やキャリアの喪失などで
このプロセスは何度か歩んだけれども、
いつでも思うのは「丁寧に進むほどに経験は糧になる」ということ。
そして「書くことや語ることで、感情の整理は進む」ということ。

誰が読まずとも、ここに書き残せる喜びを感じている。
そして、この出来事の本質が何であったか?
私を新たな意識に導くアリスベイリーの秘教学。
その本に散らばった霊的成長の教えが
こんなにも優しく心に染みてくる時間を、私はゆっくりと味わいたい。

そして、この味わいに留まれるならば
父の存在も、宇宙の愛も身近に感じれられて
私はとても、とても幸せになる。
そして、残された母を愛することが
私の愛の現実になる。

霊的体験を紐解く丁寧なプロセスを言葉にするのは
現実社会から、自分を遠ざけること。
霊的な成長があっても、現実的な時間はとまること。
母を愛することは、
ビジネスの世界には背を向けること。
ここ一年二年を棒に振ってもいい?
…とパートナーに聞いたら
「大丈夫だよ。れいこさんなら」と。
ありがたい言葉だぁ。
愛されることをうけいれ感謝することで、
愛することも現実になっていく。
もう自分を偽れない。

 

 

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