秘教学~Vol.5 思索の糧④

 

トランスヒマラヤ密教入門 
第一巻「人間の本質」
「2.思索の糧」から抜粋。
*英語の原文から、読みやすいように
 翻訳&まとめました。
正規の翻訳はアルテ出版
土方氏の本をお読みください。
Amazonリンク:トランスヒマラヤ密教入門
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昨日のセッションで
クライアントさんが宣言しました。
「ライトワーカーとして生きます!」
それを聞いて「Lightライト」の
二つの意味を思い出しました。
①「光」②「軽い」
「光の使者(Lightworker)」は
「ふんわりした人」なのだろうか?

響いた文章① 秘教的な意味において、将来あらゆるものが軽く(明るく)なり、より稀薄になり、よりエーテル化するであろう。

➡滝や川で水行をすると、とても心身が軽くなる。体重が減るのではなく、はっきりと「エネルギーが違う。軽い」のがわかるのだ。私たちは目にみえないエネルギーを抱えているのだろう。人生が積み重なると、いろんな感情が身体に溜まって「軽く」なるよりも「重く」なると感じる。そして感情だけではなく、情報も同じかもしれない。パソコンも大切なデータだけ残して、古いデータを手放すことで、OS動作は軽くなる。感情も、情報もエネルギーなのだ。それを整理整頓してシンプルにするだけで、軽く明るくなるならば、生きることは、もっと楽になる。
…でも、いまの社会は、感情や情報を溜めこむ傾向にある。いま地球は、過去最高に重い状態かもしれない。今夏の降水量の多さを思うと、地球の自己浄化作用なのかも…と感じる。豪雨被害にあった方の復興を祈りながら、自分の心身を整え軽くするのは、惑星地球への貢献になると信じよう。あーまた滝行をしなくては!

響いた文章②
すべての人間が、自分が証明できるものより遥かに多くのものを信じ、あるいは自分が確信できるもの以上に確実であると信じているのである。

➡たくさん知ってても、自分の体験で証明できなければ、何のための学び?人類の本懐が霊性の進化ならば、沢山を学んで知ればいいってわけじゃない。証明することもなく情報だけ多くあっても、エネルギーが重くなるだけ。(昨日の投稿で書いた)「探求」なき「情報の蓄積」だけでは、迷いが増えるだけなのかもしれない。たくさん知りながらも無明であるより、たった一つの真理や法則の探究と実践も、素晴らしい生き方だ。道教の「学を絶てば憂いなし」を思い出す。たくさんの情報を得ることよりも、一つの真理をシンプルに生きる清々しさも素晴らしい!私の知っている山伏の大先達が、そんな清々しい御方だなぁ。

今日の気づき:軽くなることは、光の道を歩むこと。
       学を「絶つ」のは「最初からしない」のとも違う。
今日の疑問:本当の知性、知的である…が情報量と比例しないとしたら
      「学を絶つ」タイミングはいつ?
     

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