偽ることなく生きなさい

2月11日、主催として予定していた
プラネタリー上映会。
父の告別式のために欠席せざるを得ず、
そのお詫びをこめて手紙を書きました。
当日、ピンチヒッターの今井恵理さんが
代読してくださったものです。
明日は父の月命日。
あの日から一か月たったいま、投稿としてシェアします。
IMG_9343父への祈りに心からの感謝をこめて。

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参加者のみなさまへ

プラネタリー、そして対話の場はいかがでしたか?
本来であれば中止とすべき今日の場を
「れいこさんの思いがあるから」と受けとめて、乗り気ってくれた恵理さん。
同志としての思いを、今日の場につないでくれてありがとう。
今日ご参加のみなさんが、自分の真実の声に気づき、共に語らうことで癒され、
前へと進む勇気が生まれると嬉しいなぁ…と思っています。

ここで突然ですが、アインシュタインが娘に宛てた最後の手紙を、
みなさんと共有したいと思います。

もし私たちが自分たちの種の存続を望むなら、
もし私たちが生命の意味を発見するつもりなら、
もし私たちがこの世界と、そこに居住するすべての知覚存在を救いたいのなら、
愛こそが唯一の答えだ。

アインシュタイン最後の手紙(リンク)

みなさん、この言葉をどのように感じますか? 
「そうだよね!そう私も思う!」 「…で、その場合の愛ってなによ?」
「愛が地球を救うなんて、なんだか安っぽい」 「具体的じゃないよなー」

私は数年前、この手紙を読んだとき、心から感動しながらも、
漠然とした印象で、分かりにくさも感じました。
でもこの数週間で、「腑に落ちる体験」ができました。

私は先月末、渡米してニューメキシコの大地に四日間、
さえぎるもののない風景のなかに座りました。
その厳しい気候のなかで、命を活かす森羅万象の循環を感じて、
この地球という惑星は、人類の魂が育つゆりかごなのだと実感。
この大いなる自然のつながりで、命が保たれる「惑星・地球」という場を
ネイティブアメリカンが守ってきた祈りの大地で感じたとき

「わたし」という意識は「わたしたち」という意識に変換しました。

でもこの感覚は、いつもビジョンクエストで感じること。
今回は病床の父を日本に残しての渡米。 今までと全く違った条件下でした。
私は世界の平和を願いつつも、 病床にいる父へ祈りをささげていました。
そして、先ほどのように「わたし」という意識が消えて、
「すべてとのつながり」を意識したとき、
遠い日本で病床にあった父の存在を、 私ははっきりと身近に感じたのです。

それはとても、とてもリアルで、
不思議な対話の時間でしたが、とてもとても至福でした。
人生に常にあった父との葛藤さえも消えて、
ただただ「会いたい」という思いが叶った喜び。
この心の障壁が溶ける感覚が「ゆるし」なのか…という体験。

心の底から湧いてくる慟哭のような愛情。
身体で心で父を感じる時間。
はっきりとした意識のなかで対話できた喜び。
このビジョンクエストは、父と私の時間でした。

そして帰国後、看護師さんが伝えてくれました。
「いつもお嬢さんのことを話してましたよ」
渡米していた娘に父も「会いたい」と 意識が朦朧としていくなかでも、
その愛を届けていたのだと知りました。

あれほどリアルに感じた父の存在は、夢ではなかった。 
お互いを思いやる気持ちは、時空をこえてつながれるのだと。
この宇宙は、この地球は愛によってつながれるのだと。
アインシュタインの言葉と、父の魂の導きで、
私は新しい意識の地平線にたてたように感じます。

その父は、再会した翌日に息を引き取りました。
そして告別式を前にして ニューメキシコで、
あれほど近くに強く感じた父のエネルギーが
私の体から去っていくのを、いまひしひしと感じます。

それは涙が止まらなくて、とてもとても悲しく寂しいのですが、
「娘」という個人に集中的に注がれいた父の愛情が
いまはより大きな存在へと変換されていく…
そんなプロセスにあるのだと、私の魂が教えてくれました。
父の魂はまずは先祖に、 そしてより大きな源へと還っていくのを感じます。
ニューメキシコを旅立つ朝、 シャーマンがおしえてくれました。
「死とは形を変えることだから」

そして父が去って数日後、 平和活動をしていた父の供養に・・と、
プラネタリーを鑑賞。
いままで気づかなかったラストシーン、ジョアンナメイシーの語りが心に響きました。
「宇宙の美しさを感じた人は、その美しさと創造力に
 すべてをささげたいと願うものです。 あなたが最後の息をひきとるまで」

「息を引きとる瞬間、父は世界の平和を祈っていたのだろうか? 
 何を感じていたのだろう?」
その問いへの答えは未だに風のなかですが、一つわかったことがあります。
それは父の愛が私から去るたびに、 その父の愛が「私個人」に向けられたものではなく
より多くの、より大きな存在へとむかいはじめているならば、
「最後の息を引き取る瞬間」に、あなたのすべてが終わるのではなく、
何かを愛する思いは、死の瞬間を乗り越えて、次の命へとつながっていくのだと。

平和を願って生きる人の思いは、死の瞬間に終わるのではなく、
必ずこの地上を平和へと導く光として生きていくのだと。

そして、その光は確実に私のなかにある。

さて、このエピソードは一組の父娘の
取るに足らない話かもしれません。
しかし、私にとっては人生を変えるのに十分でした。

誰にとっても一生に一度は体験する肉親とのお別れ。
その体験をもって得た気づきを、 この機会にみなさんと共有できたことは、
何かのご縁だと感じています。 ご清聴ありがとうございました。
長い文章を読んでくれた恵理さんもありがとう。おつかれさま。

最後にプラネタリーを鑑賞されたみなさんの感想には、
個性があり多様であるでしょうが、私に一つ願いがあるとしたら
その感想の根底には「偽ることなく、自分を、誰かを思いやる気持ち」がありますように。
その愛は確実に社会を、地球を変えていく…と、私は信じます。

最後に、父の生前の言葉をお伝えして、 この長い手紙を終えます。
「自分を偽るならば、真実の言葉を語るどころか、祈ることさえできない。自分の信じる道を歩みなさい」

中西令子~ 二月十一日 父の告別式の日に

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