2017年春分~占星術を卒業した日

とても不思議な2017年の春分。
父の四十九日の前夜。
ちょうど春分点になった20日19時半すぎに
私の本当の出生図が明らかになった。
 
母に聞いても見つからなかった母子手帳。
四十九日の前夜に
翌日の納骨に必要な書類を探して
父の遺品を整理しているとき偶然に見つけた。
父が大切に保管してくれてたから、
母に聞いても分からないはずだ…。
 
そして私の出生時間は1時間も違っていた。
生まれた時間は19時ではなく20時。
1ハウスだった木星、天王星と冥王星は12ハウス。
6ハウスの太陽が5ハウスへ。
10ハウスの月が9ハウスへ。
その他の天体もハウスを変えていく。
 
それがわかったとき、涙がでた。
私はどこか隠遁生活や研究に憧れていて
自分を大きくみせることより、
一人静かに生きることをしたかったのだ。
 
でも1ハウスの木星だから…
もっと自分の大きな存在感を信じて!
月が10ハウスにあるから…
みんなが癒される場を創らなきゃ!
太陽は6ハウスだから
みんなの奉仕のために自分を成長させなきゃ!
 
…そんな暗示を自分にかけていた。
どこか無理を重ねながら
自然体でなく、背伸びしている感覚のなかで
自分を表に出して頑張ってきた。
それが星の宿命だと信じて。

そして春分の日、父のおかげで、私は本来の自分に戻れた。

ただ今まで信じていた出生図が、間違っていたとも思わない。

「星が示しているなら」と自分を鼓舞して
自分の大きさを表に出しながら

自分を知ってもらうようにFacebookを活用したり
占星術や個人セッション、
または場づくりに使命を感じて生きてきた。
だから、こんなに沢山の仲間に出会えた。
隠遁と研究生活の出生図を生きていたら、
今の私は、このご縁の広がりは
ないと思う。
間違っていた出生図を生きたこと、私は後悔しない。

もしかしたら、無意識がそうさせたのかも…と思う。
間違った出生図を生きることで
私は心をストレッチさせて
成長を早めたのかもしれない。

止まっている運命の車輪を回したならば
もうこのまま、
天の計らいのままに
生きていこう…と思う。


そして本来の(私には新鮮な)出生図
を生きなおそうとも、私は思わない。
私はもう出生図は卒業しよう…と思う。
星の導きがなくても、
私は天と協働作業をしているのを感じる。


もともと春には占星「術」を卒業することを決めてたけど、
こんな劇的なエンディングが待っていたとは。
そして新しい風は、どこか心地よくて
これからは楽しく、心を自由にして歩いていける。

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