宇宙からの自立

宇宙からの自立

今日は金環日食の新月。魚座の9度。
私の生まれ度数での新月。
この一か月の忙しさのなかで
今日が新月であること、私はすっかり忘れていた。
Facebookに投稿された占星術家たちの新月の記事。
それで思い出したくらいだ。

それを読んで感じたことを、
「いまここ」で率直に書いてみる。

確かに多くの占星術家の方が書いた新月の流れが
いまの私の人生で起きている。
ここ数日のブログを読んでくれた方は
私が心からの真実を述べる勇気をだして、
慣れ親しんだ世界を卒業して、
人が踏み込んでない未踏の分野へと
歩き出したことを…を知っているだろう。
しかし私はこの選択を、
「うお座の新月の流れだから、そうしなきゃ…」と
新月の情報に従ったのではない。
しかも宇宙のエネルギーに操られていたのでもない。

このダイナミックな人生の流れ。
卵が先か?鶏が先か?
宇宙が引き起こしたことか?心や魂が引き起こしたことか?
今の私は確信をもって書く。心や魂があったからだと!
宇宙からの衝動に、魂が反応したのでもない。
魂と宇宙はつながりあい共存しながらも、自立している存在なのだと。

このダイナミックな人生の変化は
人生の変化のなかで悲しみに心を開いて、
魂に正直であれ…という父の言葉を信じた
私の魂が引き起こしたこと。
そこには父の愛と、私の愛の響きあいがあった。
それが「宇宙が引き起こした」というならば
私は怒りを感じながら言うだろう。
「人間はそれほどに矮小な存在ではない!」と。
占星術の情報に先導されたわけではない。
まして「宇宙を味方につけていたから」でもなく
「星の流れにのっていたから」でもない。

それをきくと、あなたには特別な能力がある…と
エゴを増大させる言葉に聞こえる。
そうじゃない。本来人は誰であっても
自然そのものの存在のはずだ。
「自分の心に正直でいる」
それは誰にでもできることだ。
自分を大切にすること。人を愛すること。
人は本来そのように生きる自然(じねん)の心をもっている。
それが魂の本来の姿だから。
ただその本来の姿を見失っていたり、
魂や心を売らざるを得ないシステムが地上にあるからだ。

そして「自分が自分を生きる」
このシンプルな感覚は、なんて心地がいいのだろう。
天の動きに、人が自分の人生を合わせるのではない。
ただただ魂に、心に正直にあるがままでいればいいんだ。
そして天もまた、あるがままに動いているだけ…だと。

天と地。お互いが自立してダンスしている。
でもそれはぴったり同調しあう。
その同調がわかるのは、すべてを俯瞰している
全知全能の神さまだけでいい。
私は私の踊りをするだけでいい。
私は私の心を生きるだけでいい。
星々は自分の周期を流れるだけでよい。
このシンプルな感覚。
出来事を自分にひきつけない。エゴのないまっさらな真理。

天も地も、宇宙も人も、ただただ正直に素直であれ!
そうすれば自ずと魂は天とつながり、
心は宇宙と、宇宙は心と響きあうのだから!
それが森羅万象との共存なのだと思う。

迷いがない「今の私」には、星の情報は必要ない。
私は、私でもう一つの宇宙だ…と感じられる今は。
私は、私で一つの星なのだ…と信じられる今は。
なんて心地よい感覚なのだろう!
自分が何者か…の確信があり、
人間への愛に心が溢れ、神の願いに自分を手放し、
魂の声につながり続けている…この感覚。
この森羅万象と私の共存が続きますように。
この平和で、あるがままに生きる私であれますように。

そして私に奉仕をする力があるなら、
同じように森羅万象と共存する人生に
人々を導けますように。
何に頼るのでもなく、彼らが自分の心の力で
大地にたち、神さまの声を聴けますように。

それがいまの、私の真実の声。自分を生きよう。
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追記:とはいえ、なぜ占星術家が必要なのか?
それは「象徴を読み解くことで得られる直感を育てるため」であり
究極言えば「地上に奉仕するため」であると秘教学では言われている。
そのあたりの話は、またいずれ。

「象徴の意味を洞察しようとすることがどうして、
 
眠っているブッディつまり直観の能力を活動へと機能させる方法を
 
提供することになるのかは容易にわからないであろう。
 
それは精密な技術であり象徴解読の技術、
 
つまり古代の精通者であるパタンジャリのいう”霊的読解”の技術である。
 
象徴を読するこの能力は、真の啓示を得る前に常に必要である」
 (アリスベイリー 
グラマーより抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

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