祈り~シャーマンとして

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祈り~シャーマンとして

カウンセリングやコーチング
そして占星術の学びを続けても、
本心では手ごたえがありませんでした。
「これが私の生まれてきた役割」
ガツン!という感覚がなく
何年も魂が彷徨っていましたが、
2010年、人生どん底の時、
占星術の師匠である関口先生に
「あなたは祈りの人」と告げられ、
名前の「令」が「祈り」だと知って、
「祈り」が使命だと自覚しました。

でも「祈り」って宗教とは違う。
その確信を持ちながら、
自分が納得できる「祈り」を
様々な形で模索していましたが、
2015年、ビジョンクエスト体験で
私はこれ!私はシャーマンなのだ!
…とガツンと頭ではない理解をすると、
不安、焦り、否定…などから解放され
身体中のチカラが抜けて
ようやくわかった…と安堵しました。

*ビジョンクエストのページへ

しかし実際シャーマンは周りにはいない。
どうやったらなれるの?
国家資格?まさかねぇ
()
思考で考えると途方にくれる。
まったくわからなくなる。

でもそのたびに言い聞かせました。
私の魂は知っている。
その場にいるだけで、
人の意識を変容できる人。
愛からすべてを感じるからこそ
謙虚で信仰心がある人。
その種は自分のなかにある。

この魂からの声を信じて、
同志だと感じる女性たちで
「ラーニングジャーニー」を
2016年秋に立ち上げました。
オンラインでつながり、対話で
シャーマンとしての知恵を、
仲間の各々の人生から紐解いています。
しかしセッションや講座などのように
誰にでも提供するものではありません。
これは仕事ではなく、私の「まなびば」
私自身もシャーマンの知恵を学ぶ
神秘の道を信じる一人として。

しかしこれは選民意識ではなく、
人には各々の役割がある…という真理。
ご縁があった方々で、
ピンときた方に声をかけています。

 

 


●私が考えるシャーマンとは?●
自然と人、人と神さまをつなぐ人。。
祈ることが心から楽しみ、
この地球を心から愛してやまない。
そして感情的な愛だけではなく、
「気づき学ぶー好奇心」に溢れており、
冷静で観的な知性も持ち合わせている。
バランスのとれた人。

 

シャーマンは、人間の心と体の真理、そして心と環境の真理を解き明かし、私たち本来の姿を明らかにする先駆的な開拓者なのです。 サンドラ・インガーマン&ハンク・ウエスルマン

 

シャーマンはとは熱く冷静な人。
世界の事件や紛争、災害など
毎日の出来事に心を痛めながらも、
そこに飲み込まれず、冷静に対処する。
率先して祈りながらも
感情的な距離を保つことができる。
その出来事の背景にある根本的な闇が
自分のなかにもある本質ではないか?と
謙虚に感じることができる人。

 

世界を苦しみから救う使命感に燃えているなら、それはとても尊いことです。ただ外界だけに焦点を当てることがないよう、肝に銘じましょう。(中略)あらゆる痛みは究極的には幻であり、すべての生命の本質は不滅であるという深遠な認識と、バランスをとる必要があるのです。そのように認識したうえで、行動に平和を注ぐようにするのです。こうすれば、原因と結果、両方のレベルに同時に働きかけていることになります。 シュタイナー

 

シャーマンとして集っている仲間は
人の役に立つ仕事をしながらも、
森羅万象に心を開いている
人生の試練をうけいれて、
成長に情熱を燃やしながらも、
子供のように楽しむことも忘れていません。

そんな方々のために、年に数回ですが
聖地リトリートを開催しています。
観光ではなく、祈りの旅として。
*聖地リトリートのページへ

目覚めた行動の3つのモードは、受け入れる、楽しむ、情熱を燃やす。サンドラ・インガーマン&ハンク・ウエスルマン

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●覚悟があるのか?●
シャーマンとしての人生は、
かなりの覚悟も必要です。
自我を手放す作業に、
常に心を砕いてること。
そこに魂の成長があると信じている。

自分の意見を持とうとしない人だけが、真理に至ることができる。そのことに気づけていない人は、魂が成熟しているとは言えない。シュタイナー

 

 

 

 

●ファザーリングの愛●
究極的には「すべてに意味がある」
しかし、すべてが「最善」とは思いません。 

 

堕落していく人…道を踏み外し、「逃避と依存の世界」を「スピリチャル」と都合よく解釈していしまう人に「オールOK」「すべては学びの段階」という錯覚を与えてしまうのは、ますます霊性を低下させることになりかねないと、私は思っています。人間が霊性を落としていくのを「すべては学びの段階」として認めてしまうのは、実は相手を愛していないということです。本当の愛とは、そこに常に宇宙の基本的な方向性を示す「厳しい愛=ファザーヒーリング」が内包すべきなのです。     鈴木啓介

 

「堕落していく人」の多くは
残念ながら根深い
自己否定に
輝かしい大きな自分を閉じ込めます。
自分の可能性を信じることが出来ない。
借り物の「大きな自分」をかぶっても、
それは自分の幸せではない。
周囲も自分も幸せにはできません。


あるがままに生きているからこそ、
シャーマンは世界に絶望をした夜でも、
翌朝には希望に満ちて起きる。
心の芯は、とてもとても幸せな人。
さらなる「大きな自分」になるために
苛酷な修行をすることもありません。

「自分に苛酷な試練を与えたら、その代償に悟りが得られる」という発想は、根本的なところで大きな勘違いをしているということです。   鈴木啓介

 

 

 

 

●究極的になりたい姿●
いちばん楽に生きるために…
何が起きても動じないこと。
自分を信じること。
可能性を夢見ること。
そして何よりも楽しく笑い、
命の喜びを感じながら、
真心から生きること。

もちろん、自分もまだまだ。(苦笑)
日々翻弄される自分に出会いますが、
「これもまた揺れないため」と心に決め
シャーマンとして生きる修行を
心から楽しんでいます

シャーマンへのプロセスは、
傷つきやすい人生に翻弄されない。
森羅万象の流れを信じて生きる。

そんな能力を蓄えることなのでしょう。

本気で人を癒したいならば、テクニックなどには走らず、たとえ自分自身が消滅してでも宇宙の意識と同化するという覚悟が必要です。すべてを投げ出してでも宇宙の意識と同化するいう覚悟・・・基本的にこの覚悟が持てないのであれば、ヒーラーを目指すことは私はおすすめしません。  鈴木啓介

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